南海バス 路線の変遷 東山営業所 その1
金岡車庫から移管された路線、またはその近辺(高野線より北側)の路線については東山営業所その2を参照のこと。堺東・鳳線については、堺営業所その1を参照のこと。
系統一覧では、系統番号制定(1990年代)前の系統は省略する。
括弧内は2020年2月までの系統番号。ただし、2020年2月までの系統番号が、2020年3月以降の系統番号の下2桁と一致するものについては、記載を省略する(例:旧31系統→新131系統)。
Contents
営業所の変遷・複数の路線に跨る変更
- 1964/6/1:東山営業所を新設する。
- 1970/7/21:泉北営業所を新設する。
- 2013/9/1:金岡車庫を廃止し、担当路線を堺営業所と東山営業所に移管する。南海ウイングバス金岡が南海バス東山営業所構内に移転する。
- 2022/4/1:南海ウイングバス金岡が南海ウイングバス南部に吸収される。これにより、なかもず・平尾線が南海ウイングバス金岡から南海バス東山営業所に移管される。
北野田線(旧:河内長野線)
系統一覧
旧31-1、旧32-1系統について、起点と終点を入れ替えた系統は31系統、32系統として扱われていた(他の路線では、一部の循環系統を除き起点と終点を入れ替えた系統には元と同じ系統番号が制定されていた)。
- 131系統:堺駅南口~中もず駅前~西小学校前~北野田駅前
- 131C(31-1)系統:中もず駅前←西小学校前←北野田駅前
- 132系統:堺駅南口~中もず駅前~福町~北野田駅前
- 132C(32-1)系統:堺駅南口→中もず駅前→下出口
沿革
- 1933/10/1:この時点で、昭和乗合自動車が東湊町~福町、楠公自動車が三日市町駅~長野町~小山田(現・河内長野市楠町西)~福田(現・堺市)間を運行している。
- 1934/3/2:南海鉄道が楠公自動車を買収する。
- 1937/1/27:南海鉄道が昭和乗合自動車を買収する。
- 1938/4/1:楠公自動車、昭和乗合自動車が他社と合併し南海乗合自動車となる。
- 1954/7/5:北野田線を営業開始(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1955/4/1:河内長野線を営業開始(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1955/8/10:北野田線として、大野芝~大美野噴水前間を営業開始(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1955/12/1:北野田線を延伸(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1958/6/1時点での系統一覧は以下の通り(全国バス路線便覧 昭和34年版、ただし路線名の記載はないため他の資料から類推している)。
- 大浜北町~北野田駅前
- 大浜北町~百舌鳥八幡
- 大浜北町~三国ヶ丘駅前
- 大浜北町~百舌鳥百済町(5.4km)
- 「百舌鳥百済町」の意味は不明。
- 大浜北町~河内長野駅前
- 1965年時点で、北野田線は西住ノ江町~北野田駅前、大浜北町~もず陵南町間で、河内長野線は大浜北町~河内長野駅前間で運行されていた。
- 1971/8/5:北野田線(皿池町~堺~北野田)を、すべて堺駅折り返しとし、堺営業所に移管したうえで、ワンマン化する(南海人 1971年9月号)。
- 1972/12/16:北野田線を全線ワンマン化(南海人 1973年1月号)。上記1971/8/5と記述が重複している。
- 1977/7/1:河内長野線を金剛駅に乗り入れる(南海ニュース 第49号、百年史P409)。
- 1978/12/15:河内長野線の短絡化を行う。
- 1979年時点では堺駅前~金剛駅前、堺駅前~福町、堺駅前~北野田駅前、堺駅前~もず陵南町行きと、金剛駅前~河内長野駅前の系統があった。
- 1985年時点の系統は以下の通り。
- 北野田線:堺駅南口~北野田駅前
- 北野田線:堺駅前~北野田駅前
- 北野田線:堺駅前~もず陵南町
- 河内長野線:堺駅南口~金剛駅前
- 河内長野線:堺駅前~金剛駅前
- 河内長野線:堺駅南口~福町
- 河内長野線:堺駅前~福町
- 河内長野線:河内長野駅前~金剛駅前
- 1988年から1989年の間に堺駅南口~金剛駅前系統を廃止、1989年から1994年の間にもず陵南町系統を廃止。
- 1988年から1989年の間に金剛駅前~河内長野駅前も廃止された。一部区間は金剛くみの木線(金剛駅前~大野東)により運行が継続されていたが、1999年4月1日廃止。
- 2006/3/12:河内長野線の福町~北野田間を延伸し、北野田線の一部とする。
- 2008/3/30:東山営業所に移管。
- 2010/8/1:中もず駅前経由となる。32-1系統新設のほか、31系統に中もず駅前始発便を、32系統に下出口始発便を新設。
- 2017/4/1:31-1系統新設。
堺東・鳳西町線
系統一覧
- 113系統:堺東駅前~鳳西町南
沿革
- 1975/12/19:堺市内の第二阪和国道が全通する(第二阪和国道工事誌)。
- 1978/5:堺市議会五月定例会(5/15~29)で成立した「第二阪和国道の車線制限変更に関する要望決議」に「近くバスの乗り入れも実現すると聞いている」との記述がある(広報堺 1978年7月号)。
- 決議の内容は、第二阪和国道は府道大阪高石線以南の南行きが一車線に制限されているが、ラッシュ時の渋滞がひどく、近くバスの乗り入れもあるので、車線規制を南花田鳳西町線以南に変更するよう要望するもの。当時は第二阪和国道の高石市内が未開通であり、行き止まりから高石市内の他の道路に車が流れ混雑することを避けるため車線規制を行っていた(第二阪和国道工事誌)。
- 1978年度:新設される。
- 堺市統計書昭和54年度版に掲載されている昭和53年度のデータより。
- 1979,1985年時点では鳳西町南発着のみがあり、鳳北口発着系統はなかった。また、堺東駅前〜緑ヶ丘まで府道30号線を経由していた。
- 1989年には堺東駅前で鳳西町南行きと同じのりばから鳳北口行きが運行されているが、1994年時点で存在しなくなっている。
- 1996/10/1:市立堺病院前経由となった(堺市議会平成8年12月13日建設委員会)。
- 2013/9/1:東山営業所へ移管。
- 2015/7/1:同日の市立堺病院の移転(同時に堺市立総合医療センターに改称)を受け、市立堺病院前停留所が栄泰橋に改称される。また、ロータリー改修のため、堺東駅前行きの栄泰橋停車が同年9月30日まで中止される。
堺東・泉ケ丘線(旧:片蔵線→豊田・泉ケ丘線) 堺東駅前発着系統
系統一覧
- 現存系統
- 102系統:堺東駅前~八田荘団地~伏尾~宮山台中学校前~泉ヶ丘駅
- 102C(特2)系統:泉ヶ丘駅→八田荘団地
- 103系統:堺東駅前~八田荘団地~東山車庫前
- 過去の系統
- 特2系統:堺東駅前~八田荘団地~伏尾
沿革
- 1933/10/1:この時点で、北泉乗合自動車が大町西町(場所不明)~百舌鳥村~和田~豊田~片蔵の運行を行っている。
- 1934/12/13:北泉乗合自動車が南海鉄道に買収され、同日に買収した堺バスに吸収される。
- 1938/4/1:堺バスが他社と合併し、南海乗合自動車となる。
- 1952/8/20:片蔵線の片蔵~妙見下・鉢ヶ峯(現:明正)間を営業開始。
- 1955/12/1:片蔵線を延伸。平井~伏尾間を廃止。
- 1958/6/1時点での系統一覧は以下の通り(全国バス路線便覧 昭和34年版、ただし路線名の記載はないため他の資料から類推している)。
- 堺東駅前~妙見下
- 堺東駅前~鉢ヶ峯
- 堺東駅前~片蔵
- 堺東駅前~小阪
- 1962/4/1:妙見下~畑間を延伸。
- 1963/8/1:伏尾~野田尾間を延伸(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1964/6/1:鉢ヶ峯停留所を明正に改称(親和 1964年7月号)。明正~鉢ヶ峯間を延伸。
- 1965年時点で、堺東駅前~畑・鉢ヶ峰(原文ママ)・野田尾間で運行されていた。
- 1970/7/21:堺東~八田荘団地系統の新設、片蔵発着系統の南片蔵延伸を行う。また、片蔵線のワンマン系統をすべて泉北営業所所属とする(南海人 1970年9月号)。
- 1971/4/1(広報誌泉北第9号)
- 堺東駅前~野田尾系統を廃止。野田尾、古畑停留所は移設され、宮山台回りの停留所となる。
- 住宅地図(1968/12/15)によると、野田尾、古畑停留所は現在より1本西側の細い道沿いに存在していた。
- 片蔵線を堺東駅前~南片蔵、泉ケ丘駅~畑・鉢ヶ峯に分離。
- 堺東駅前~野田尾系統を廃止。野田尾、古畑停留所は移設され、宮山台回りの停留所となる。
- 1971/10/17:片蔵線堺東駅前~(小坂経由)~東山車庫前系統をワンマン化。東山営業所内では田園線と並んで初のワンマン化(南海(小冊子)、南海人 1971年12月号)。
- 1972/5/1:片蔵線の泉ヶ丘~畑・鉢ケ峯系統をワンマンカー化し、堺東駅前~畑・鉢ケ峯系統を増発(南海 72(小冊子))。
- 1975年時点で泉北営業所が担当していた系統は以下の通り(広報誌泉北第29号)。
- 堺東駅前~畑
- 堺東駅前~鉢ヶ峯
- 堺東駅前~南片蔵
- 堺東駅前~伏尾
- 泉ケ丘駅~畑
- 泉ケ丘駅~鉢ヶ峯
- 1977/7/1:同日の改正後も、上記の6つの系統および堺東駅前~東山車庫系統が運行されている。また、鉢ヶ峯系統は鉢ヶ峯が終点で、鉢ヶ峯~公園墓地北口~泉田中南の区間が運行されていない(サンケイリビング新泉北 1977/7/23)。
- 1978/1/30:阪和線をくぐる泉北1号線(現在の大阪府道34号堺狭山線)のトンネルのうち、東行きが完成する(泉北コミュニティ 1978/2/15)。
- 1978/5/10:阪和線をくぐる泉北1号線のトンネルのうち、西行きが完成する(泉北コミュニティ 1978/5/25)。
- 1978/12/15:片蔵線を豊田・泉ヶ丘線と畑・鉢ヶ峰線(原文ママ? 昭和56年度版では「峯」の字となっている)に分割(堺市統計書昭和54年度版)。
- 道路地図(1979)では、上野芝駅前(東口)経由の経路が描画されている。
- 1979年・1985年・1989年時点での系統は以下の通り。
- 堺東駅前~豊田南~泉ヶ丘駅
- 堺東駅前~豊田南
- 堺東駅前~東山車庫前
- 1992年時点で堺東駅前~宮山台~泉ヶ丘駅系統が新設されている(泉北コミュニティ 1992/4/23)。
- 1994年時点で堺東駅前からの豊田南行きが消滅している。
- 1996/4/1:路線名を「豊田・泉ヶ丘線」から「堺東・泉ケ丘線」に変更。豊田南を経由する系統が休止される(泉北コミュニティ1996/4/18)。このころ、堺東駅前~伏尾系統(特2系統)が新設される。
- 2003年10月時点で全系統が東山営業所の担当となっている。
- 2005/3/1-2006/7/24の間:特2系統が消滅する。
- 2017/4/1:特2系統が新設される。
- 2023/12/16:102C系統が消滅する。
- 2025/6/30:102C系統が復活する。
堺東・泉ケ丘線(旧:豊田・泉ケ丘線) 中もず駅前発着系統
系統一覧
- 現存系統
- 151系統:中もず駅前~八田荘団地~伏尾
- 152V(特52)系統:中もず駅前~八田荘団地~深井駅~(八田荘団地)~中老人福祉センター
- 深井駅~中老人福祉センター間では中老人福祉センター行きのみ八田荘団地を経由
- 過去の系統
- 151V(特51)系統:中もず駅前~八田荘団地~深井駅~(八田荘団地)~伏尾
- 深井駅~伏尾間では中老人福祉センター行きのみ伏尾を経由
- 152系統:中もず駅前~八田荘団地~中老人福祉センター
- 52系統:中もず駅前~津久野駅前
- 151V(特51)系統:中もず駅前~八田荘団地~深井駅~(八田荘団地)~伏尾
沿革
- 1987/4/19:豊田・泉ケ丘線の一部として、堺東~豊田南系統の一部を振り替えて中百舌鳥駅~豊田南系統が新設される(広報堺 1987年4月号)。
- 1989年時点では中百舌鳥駅から伏尾行き、八田荘団地行きがあった。
- 住宅地図(1991/10/10)や道路地図(1993、3冊とも)では、中もず駅前~津久野駅前系統が描画されている。
- 1996/4:この時点で51系統(中もず駅前~伏尾)と52系統(中もず駅前~津久野駅前)が運行されている(https://x.com/Hikari_71/status/1906476019328135448)。
- 2002/11/25:中もず駅前停留所を北口ターミナル内に移設。
- 2003/5/31:中もず駅南口からの発車に変更。
- 2004/10/18:金岡車庫から東山営業所に移管(NANKAI BUS おかげさまで開業10周年)。
- 2006/7/24:52系統廃止。
- 2013/7/1:堺市ふれあいバスの廃止に伴い、中老人福祉センター発着の52系統が新設される。
- 2015/12/5:深井経由の特51系統、特52系統が新設される。
- 2025/10/14:151V系統、152系統が消滅する。
田園線
系統一覧
- 現存系統
- 140系統:堺東駅前~深井駅~あみだ池
- 141系統:深井駅~あみだ池
- 過去の系統
- 105系統:堺東駅前~深井駅
- 特5系統:堺東駅前~市立堺病院前~深井駅
- 特40系統:堺東駅前~市立堺病院前~深井駅~あみだ池
沿革
- 1933/10/1:この時点で、個人によって東湊町~百舌鳥村~土師~東山~田園間が運行されていた。
- 1958/6/1時点での系統一覧は以下の通り(全国バス路線便覧 昭和34年版、ただし路線名の記載はないため他の資料から類推している)。
- 堺東駅前~田園
- 堺東駅前~土塔
- 元資料では「上塔」と書いている。
- 1960/9/15:田園~見野山間で営業開始(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1961/12/25:見野山~岩室間で営業開始(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1963/1/1:田園~高蔵寺間で営業開始(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1965年時点では、堺東駅前~岩室・高蔵寺で運行されていた。
- 1971/10/17:堺東駅前~岩室など4つの系統をワンマンカー化し、堺東駅前~畑山系統などを廃止する。東山営業所では片蔵線東山車庫前系統と並んで初のワンマン化(南海人 1971年12月号)。
- 住宅地図(1973/10/1)では、高蔵寺方面の路線がなくなり、泉ヶ丘駅方面の路線に振り替えられている(田園南停留所~泉ヶ丘駅間は停留所なし)。住宅地図(1976/2/25)ではこの路線は描画されていない。
- 1977/7/1、1979、1985年時点では、堺東駅前~岩室・辻之・東山の系統があった(サンケイリビング新泉北 1977/7/23)。
- 1987/4/19:堺東~東山系統の一部を振り替えて中百舌鳥駅~東山系統が新設される。
- 1989年~1992年の間:岩室系統があみだ池発着に短縮される。
- 1992/4/1:堺東駅前~深井駅、深井駅~あみだ池の2系統となり、他の系統はすべて廃止される(ニュース南海 1992年6月号)。
- 2003/10/1:特5系統が新設される(NANKAI BUS おかげさまで開業10周年)。
- 2014/9/1:40・特40系統が新設される。
- 2015/7/1:同日の市立堺病院の移転(同時に堺市立総合医療センターに改称)を受け、市立堺病院前停留所が栄泰橋に改称される。また、ロータリー改修のため、堺東駅前行きの栄泰橋停車が同年9月30日まで中止される。
- 2015/12/5:特5・特40系統が廃止される。
- 2017/8/26:深井駅での乗継運賃制度が廃止される。
- 2024/1/20:105系統が消滅する。
東山・泉ケ丘線
系統一覧
- 125(特25)系統:泉ヶ丘駅~深井駅
- 125C(25)系統:泉ヶ丘駅~東山車庫前
沿革
- 1965年時点で運行されていた堺東駅前~高蔵寺系統が元となっている。
- 住宅地図(1973/10/1)では、高蔵寺方面の路線がなくなり、泉ヶ丘駅方面の路線に振り替えられている(田園南停留所~泉ヶ丘駅間は停留所なし)。住宅地図(1976/2/25)ではこの路線は描画されていない。
- 1974年ごろ:後述の1979年に新設されたバス路線について、「5年ぶりのバス」との記述があり、1974年ごろに田園南経由のバスの運行がなくなったと思われる。
- 1979/4/1:泉ヶ丘駅~東山車庫前系統を新設する(南海人 1979年5月号)。堺市統計書では1982年新設となっているが、他の路線から分離された扱いになっていると思われる。
- 1979年・1985年・1989年・1994年・1997年時点では泉ヶ丘駅~東山車庫前系統のみが運行されていた。
- 2003/10/1:特25系統を新設(NANKAI BUS おかげさまで開業10周年)。
津久野線(旧:跪尾線)堀上緑町一丁系統
系統一覧
- 現存系統
- 118系統:堺東駅前→津久野駅前→堀上緑町一丁→向ヶ丘第二団地前→堀上緑町一丁→津久野駅前→堺東駅前
- 津久野駅前始発、堀上緑町一丁始発あり。
- 118C(18)系統:堺東駅前→津久野駅前→堀上緑町一丁→向ヶ丘第二団地前→堀上緑町一丁
- 118C系統:堺東駅前→津久野駅前→堀上緑町一丁→向ヶ丘第二団地前→堀上緑町一丁→津久野駅前
- 津久野駅前始発あり。
- 118系統:堺東駅前→津久野駅前→堀上緑町一丁→向ヶ丘第二団地前→堀上緑町一丁→津久野駅前→堺東駅前
- 過去の系統
- 特18系統:津久野駅前→堀上緑町一丁→向ヶ丘第二団地前→堀上緑町一丁→津久野駅前
- 118C(特18)系統:津久野駅前→向ヶ丘第二団地前→堀上緑町一丁
沿革
- 1954/9/1:跪尾線として営業開始(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1958/6/1時点での系統一覧は以下の通り(全国バス路線便覧 昭和34年版、ただし路線名の記載はないため他の資料から類推している)。
- 堺東駅前~跪尾(5.2km)
- 1960/9/1:国鉄が津久野駅を開業。
- 1961/3/1:神野~津久野駅前間を営業開始(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1964/9/1:津久野駅前~堀上緑町一丁目(ママ)を営業開始(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1965年時点では、堺東駅前~堀上緑町一丁間で運行されていた。
- 住宅地図(1966/9/15)では、堀上緑町一丁から先の循環部が描画されていない。
- 1971年時点で、堀上緑町一丁から先の循環部も運行されている(https://x.com/Hikari_71/status/1849706914978070715)。
- 1972/12/16:全線ワンマン化(南海人 1973年1月号)。
- 1978/12/15:津久野線に改称(堺市統計書昭和54年度版)。
- 1979年時点では、堺東駅前~堀上緑町一丁、津久野駅前~堀上緑町一丁の系統があった。
- 1985年時点では東山車庫前~堀上緑町一丁、津久野駅前~堀上緑町一丁、津久野駅前~八田北町の系統が運行されていたと記載されているが、東山車庫前~堀上緑町一丁系統は堺東駅前~堀上緑町一丁系統の誤記と思われる。
- 1989,1994年時刻表の堺東駅前発便でも堀上緑町一丁行きが運行されている(津久野駅前発便は不明)。
- 2012/11/27:経路変更(津久野駅前~家原寺町一丁)
- 2013/9/1:18系統を堺営業所から東山営業所へ移管(特18系統はもともと東山営業所担当)。
- 2015/12/5で以下のように変更。
- 家原寺町一丁(1回目)→堺市立総合医療センター東
- 家原寺町一丁(2回目)を廃止
- 向ヶ丘住宅前→堺市立総合医療センター北
- 2018/3/17:経路変更に伴い神野を移設、津久野中学校前を新設。
- 2024/10/7:118C系統の津久野駅前止め系統を新設。
津久野線(旧:跪尾線)鈴の宮系統
系統一覧
- 現存系統
- 181系統:深井駅~津久野駅前
- 181V(特81)系統:堺市立総合医療センター経由
- 過去の系統
- 84系統:津久野駅前~東山車庫前
沿革
- 1971年時点で、津久野駅前~八田北町系統が運行されている(https://x.com/Hikari_71/status/1849706914978070715)。八田北町停留所は、現在の南花田鳳西町線の50mほど南にあった(住宅地図1979)。
- 1979年時点では、津久野駅前~八田北町系統が運行されている。平岡小学校付近(停留所なし)で経路を共有し、津久野駅前~平岡小学校間は泉北泉ヶ丘地区線津久野駅前~堀上~泉ヶ丘駅系統と同じ経路だった。
- 1985年時点では、津久野駅前~八田北町系統が、平岡小学校経由ではなく、泉北2号線経由で運行されている。
- 1986年春:津久野駅前~鈴の宮団地系統を開設する(南海人 1986年4月号)。なお、『ビジネス大阪府市街地図集 62年度版』では、津久野駅前~八田北町系統の代わりに津久野駅前~鈴の宮~津久野駅前系統が記載されている。
- 1988/3/30:『広報さかい 1998年3月号』によると、都市計画道路南花田鳳西町線のうち、市道中深井泉田中線(豊田・泉ヶ丘線の経路)から泉北2号線までの1.5kmの区間が開通する予定であった。実際にその日に開通したかは不明。
- 1990/5:同月開催の国際サイクルロードレース大阪大会で運休する路線の一つに、津久野駅前~東山車庫系統が挙げられている(広報さかい 1990年5月号)。
- 国際サイクルロードレース自体は1982年から行われていたが、前年は臨海コース(堺市大阪府臨海センター~助松ふ頭)で行われていた(朝日新聞 1989/5/29「さわやか潮風切って快走 国際サイクルロード 大阪大会【大阪】」)。
- 1992/4/1:再編により深井駅~堀上~津久野駅前(泉北・泉ヶ丘地区線)、津久野駅前~鈴の宮~津久野駅前が廃止され、深井駅~鈴の宮団地センター~津久野駅前の現行ルートとなる(ニュース南海 1992年6月号)。なお、深井駅~鈴の宮団地センター~津久野駅前系統は泉北営業所の担当であった(南海人 1992年4月号)
- 2012/1/16:84系統を廃止。
- 2015/7/1:特81系統を新設。
北野田・鳳線(旧:東山線→北野田・浜寺線)
系統一覧
- 現在の系統
- 170系統:北野田駅前~東山車庫前~深井駅~鳳駅前
- 171系統:北野田駅前~東山車庫前
- 172系統:北野田駅前~東山車庫前~深井駅
- 過去の系統
- 特70系統:東山車庫前~鳳駅前
沿革
- 1933/10/1:この時点で、昭和乗合自動車が大鳥~草部~小坂~福町間を運行している。
- 1937/1/27:南海鉄道が昭和乗合自動車を買収する。
- 1938/4/1:昭和乗合自動車が他社と合併し南海乗合自動車となる。
- 1953/3/1:東山線として営業開始(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1958/6/1時点での系統一覧は以下の通り(全国バス路線便覧 昭和34年版、ただし路線名の記載はないため他の資料から類推している)。
- 北野田駅前~東山
- 北野田駅前~福町
- 堺東駅前~北野田駅前
- 1960年ごろ:道路工事完了後、堺東駅~北野田系統を増便するとの記述がある。経路は不明(日刊泉州日報 1960/1/30)。
- 1961/5/10:東山~小坂(ママ)営業開始(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1964/7/11:万崎~小坂西口営業開始(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1965年時点で、浜寺公園駅前~北野田駅前で運行されていた。
- 1978/12/15:北野田浜寺線に改称(堺市統計書昭和54年度版)。
- 1979年時点では、北野田駅前~浜寺公園駅前通系統のみが運行されていた。
- 1985年時点では、北野田駅前~浜寺公園駅前通・小阪・東山車庫前、東山車庫前~浜寺公園駅前通の4つの系統が運行されていた。小阪発着系統はのちに廃止されている。
- 1992/4/1:北野田駅前-深井駅系統を新設(ニュース南海 1992年6月号)。
- 1996/4/1:鳳・西支所前で分割され、北野田・鳳線の北野田駅前~鳳・西支所前と石津川・鳳線の鳳・西支所前~石津川駅前(堺市立総合医療センター線参照)となる(ニュース南海 1996年5月号)。
- 2003/10/1時点で北野田・鳳線は70,71,72系統と特70系統の4系統。
- 2006/4/1:鳳・西支所前が西区役所前に改称。
- 2014/4/1:小阪西町を新設。
- 2016/9/1:70系統が深井経由となり、特70系統が廃止される。
- 2019/9/23:鳳駅前に乗り入れ。
北野田・多治井線
系統一覧
- 37系統:多治井北(たじいきた)→大保(だいほ)→北野田駅前
- 近鉄バスの担当。
- 38系統:北野田駅前→多治井北→大保
- 近鉄バスの担当。
- 39系統:北野田駅前→多治井北→大保→北野田駅前
- 近鉄バスとの共同運行。
沿革
- 2006/9/25:近鉄バスと共同で開業。
堺市立総合医療センター線(旧:石津川・鳳線)
系統一覧
- 現行系統
- 111(M1)系統:堺市立総合医療センター~中もず駅前
- 112(M2)系統:堺市立総合医療センター~石津川駅前
- 石津川・鳳線時代の系統
- 91系統:鳳・西支所前~石津川駅前
沿革
- 1996/4/1:北野田・浜寺線(北野田駅前~浜寺公園駅前通)が分割され、鳳・西支所前~石津川駅前は堺営業所石津川・鳳線となる(ニュース南海 1996年5月号)。支所へのアクセスのため石津川まで延伸された。末期は1日4往復だった。
- 2015/7/1:東山営業所担当の堺市立総合医療センター線M1・M2系統が新設され、石津川・鳳線はM2系統に置き換えられる。
- 2019/9/23:鳳駅前に乗り入れ。
【廃止】養護学校線養護学校分校前系統
担当営業所不明。養護学校分校は、現在の堺市立百舌鳥支援学校分校のことと思われる。
1964/7/8:養護学校線として堺東駅前~養護学校分校前間の運行を開始(南海電気鉄道百年史年表)。1971年時点で、片蔵線の上の芝停留所から分岐する経路だった(https://x.com/Hikari_71/status/1849706914978070715)。養護学校線全体としては1974年廃止(堺市勢要覧1979)、この系統の廃止時期は不明。
