南海バス 路線の変遷 泉北営業所 その2(泉北泉ヶ丘地区線、狭山ニュータウン線以外)
泉北泉ヶ丘地区線、狭山ニュータウン線については泉北営業所その1を参照のこと。
系統一覧では、系統番号制定(1990年代)前の系統は省略する。
括弧内は2020年2月までの系統番号。ただし、2020年2月までの系統番号が、2020年3月以降の系統番号の下2桁と一致するものについては、記載を省略する(例:旧31系統→新131系統)。
Contents
営業所の変遷・複数の路線に跨る変更
- 1967/12:泉北ニュータウンでのバス輸送を開始する。
- 1970/7/21:泉北営業所を新設する。
- 1971/4/1:泉ケ丘駅が開業される。
- 1973/12/7:栂・美木多駅が開業される。
- 1977/8/20:光明池駅が開業される。
- 1978/12/15:光明池営業所を新設し、一部路線を移管する。
- 2003/3/19:金剛駅西口に駅前広場が完成し、金剛駅から西側に向かう路線ののりばが金剛駅東口から西口に移設される。
- 2023/7/3:栂・美木多駅前再編整備工事(2021年~2025/3/31)により、駅北口と駅南口に分散していたバスのりばが駅南口に集約される(https://web.archive.org/web/20230615230504/https://www.city.sakai.lg.jp/shisei/toshi/senbokusaisei/gaiyou/ekimae_saihen/togamikita/togaekimaekitahirobakyouyou.html)。
畑・鉢ヶ峯線(旧・片蔵線)
系統一覧
- 223系統:泉ヶ丘駅〜畑(はた)
- 224系統:泉ヶ丘駅~泉田中南~<鉢ヶ峯(はちがみね)左回り:明正→鉢ヶ峯>
- 一部は明正始発。
- 224C(24-1)系統:泉ヶ丘駅→泉田中南→<鉢ヶ峯左回り>→泉田中南
- 229(24-2)急行系統:泉ヶ丘駅→(無停車)→鉢塚→やまぶき→堺市立霊堂前→自然ふれあいの森前→いぶき→なんてん→鉢ヶ峯→公園墓地北口→(無停車)→泉ヶ丘駅
- 泉ヶ丘駅、鉢塚、鉢ヶ峯、公園墓地北口は224・224C系統と共有、その他の停留所は229系統独自のものである。
沿革
- 1933/10/1:この時点で、北泉乗合自動車が大町西町(場所不明)~百舌鳥村~和田~豊田~片蔵の運行を行っている。
- 1934/12/13:北泉乗合自動車が南海鉄道に買収され、同日に買収した堺バスに吸収される。
- 1938/4/1:堺バスが他社と合併し、南海乗合自動車となる。
- 1952/8/20:片蔵線として、片蔵~妙見下・鉢ヶ峯(現・明正)間の営業を開始する(南海電気鉄道百年史年表)。当時は堺東駅からの直通。
- 1955/12/1:路線延長の一方、平井(詳細不明)~伏尾間を廃止する。
- 1962/4/1:妙見下~畑間を延長する(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1964/6/1:明正(改正前の鉢ヶ峯)~鉢ヶ峯間を延長する(南海電気鉄道百年史年表、親和 ‘64.7月号)。
- 1965:堺東駅前~畑、堺東駅前~鉢ヶ峯間で運行されていた(豊田南より北で分岐する系統は省略)。
- 1971/4/1:泉ケ丘駅開業により、堺東駅前~南片蔵と泉ヶ丘駅~畑、泉ヶ丘駅~鉢ヶ峯に分離(広報誌泉北 第9号)。
- 1972/5/1:片蔵線の泉ヶ丘~畑・鉢ケ峯系統をワンマンカー化し、堺東駅前~畑・鉢ケ峯系統を増発(南海 72(小冊子))。
- 1975年時点で泉北営業所が担当していた系統は以下の通り(広報誌泉北第29号)。
- 堺東駅前~畑
- 堺東駅前~鉢ヶ峯
- 堺東駅前~南片蔵
- 堺東駅前~伏尾
- 泉ケ丘駅~畑
- 泉ケ丘駅~鉢ヶ峯
- 1977/7/1:同日の改正後も、上記の6つの系統および堺東駅前~東山車庫系統が運行されている。また、鉢ヶ峯系統は鉢ヶ峯が終点で、鉢ヶ峯~公園墓地北口~泉田中南の区間が運行されていない(サンケイリビング新泉北 1977/7/23)。
- 1978/12/15:路線を片蔵線から、畑・鉢ヶ峯線と豊田・泉ヶ丘線(以後の沿革は東山営業所その1を参照)に分割する。
- 1979/5ごろ:鉢ヶ峯系統が循環系統となっている(広報堺 1979年5月号)。
- 1979年時点では堺東駅前から豊田南以南への直通は廃止され、泉ヶ丘駅~畑、泉ヶ丘駅~鉢ヶ峯循環の2つの系統が運行されていた。
- 1985年時点での系統一覧は以下の通り。
- 泉ヶ丘駅~畑
- 泉ヶ丘駅~鉢ヶ峯循環
- 泉ヶ丘駅~鉢ヶ峯循環~泉田中南
- 明正~鉢ヶ峯循環~泉ヶ丘駅
- 2000/4/1:この時点で、24-2系統(急行)が運行されている。ただし路線図への掲載は2003/3時点では行われておらず、2003/12時点で行われている。
- 2010/11/1:24-2系統を除き、若松台センター経由となる。
- 泉田中南止めは、2000年4月1日以降一貫して時刻表には記載があるが、路線図には2020年の系統番号変更まで省略されていた。
泉ヶ丘ハーベストの丘線
系統一覧
下記の停留所以外には停車しない。
- 225V(25)系統:泉ヶ丘駅〜御池台2丁東〜御池台南〜ハーベストの丘(北ルート)
- 225(25-1)系統:泉ヶ丘駅〜御池台南〜ハーベストの丘(南ルート)
沿革
- 2000/4/14:運行を開始する(120)。2000/4/11のハーベストの丘開業による。
- 2014/4/1:25-1系統を新設、途中停留所に御池台2丁東、御池台南を新設する。
泉北栂地区線 駅北側
系統一覧
- 現存系統
- 233V(33-1)系統:栂・美木多駅〜堺市立総合医療センター〜津久野駅前
- 廃止系統
- 233系統:栂・美木多駅〜津久野駅前
沿革
- 1972/8/31:泉ケ丘駅~竹城台3丁~桃山台センター系統を新設する(創造と前進の10年 P61)。
- 1973/12/7:栂・美木多駅開業に伴い栂・美木多駅~桃山台センター系統として運行される(広報誌泉北 第16号)。
- 1975/3/20:泉北ニュータウン線栂・美木多駅~桃山台センター系統(1.7km)を栂・美木多駅~赤坂台中学校系統(4.8km)に延長する(創造と前進の10年 P61)。
- 1975/10/19時点での経路は、栂・美木多駅=桃山台口=桃山台1丁=桃山台センター=赤坂台5丁=赤坂台センター=赤坂台小学校前=赤坂台中学校前であった(全停留所を記載、広報誌泉北 第29号)。
- 1975/10/19:津久野駅前~(泉北2号線)~栂・美木多駅系統を新設する(広報誌泉北第29号)。
- 1977/8/20:光明池駅の開業により、栂・美木多駅~赤坂台中学校系統を廃止し、栂・美木多駅~桃山台センター系統に戻す(泉北コミュニティ 1977/8/5)。
- 1978/3/24:栂・美木多駅~桃山台センター系統を延長し、循環系統とする(泉北コミュニティ 1978/3/15、南海だより 1978年4月号)。
- 1979,1985年時点では、栂・美木多駅~津久野駅前、栂・美木多駅~桃山台回りの2つの系統が運行されていた(他に美木多線の三木閉北口経由便も運行されていた)。1994年時点でも変更はなかった。
- 1996/4/1:桃山台回り、美木多線の三木閉北口経由便が廃止され、美木多線の一部を桃山台経由とする(泉北コミュニティ 1996/2/22)。
- 2015/7/1:33-1系統が新設される。
- 2024/10/7:日中のみの運行となったため、233系統が消滅する。
泉北栂地区線 駅南側 原山台・庭代台
系統一覧
- 現存系統
- 234系統:栂・美木多駅〜原山台左回り
- 235系統右回り:(泉ヶ丘駅)→栂・美木多駅→庭代台右回り→栂・美木多駅
- 泉ヶ丘駅始発は旧系統番号では35-2系統。
- 235系統左回り:(泉ヶ丘駅)→栂・美木多駅→庭代台左回り→栂・美木多駅
- 泉ヶ丘駅始発は旧系統番号では35-2系統。
- 235L(35-2)系統右回り:(泉ヶ丘駅)→栂・美木多駅→庭代台右回り→栂・美木多駅→泉ヶ丘駅
- 235L(35-2)系統左回り:(泉ヶ丘駅)→栂・美木多駅→庭代台左回り→栂・美木多駅→泉ヶ丘駅
- 現在は泉ヶ丘駅始発のみ運行。
- 235C(35-3)系統左回り:栂・美木多駅→庭代台左回り庭代台東口止め
- 廃止系統
- 236C(35-1)系統(深夜バス):栂・美木多駅→(234系統と同じ)→原山台センター→原山台四丁→(235系統右回りと同じ)→庭代台西口
沿革
- 1971/4/1:泉ヶ丘駅~泉北病院前(現原山公園前)新設。
- 1973/12/7:栂・美木多駅開業に伴い、栂・美木多駅~泉北病院前~原山台3丁系統に変更(広報誌泉北 第16号)。
- 1974/9/2:栂・美木多駅~原山台センター循環系統3.9kmを新設し(創造と前進の10年 P61)、栂・美木多駅~原山台3丁系統1.0kmを栂・美木多駅~庭代台系統2.1kmに延長する(創造と前進の10年 P61)。
- 1975/10/19:原山台4丁系統と庭代台系統を統合し両回りとする(広報誌泉北 第29号)。
- 1985年時点では、栂・美木多駅~原山・庭代台回りの1つの系統のみが運行されていた。
- 1992/4/1:原山・庭代台回りを原山台回りと庭代台回りに分割する(泉北コミュニティ1992/4/2)。この時点で原山台回り・庭代台回りの両方が泉北営業所の担当である(南海人 1992年4月号)。
- 2012/1/16:原山台回りのルートを変更し、敷物団地、原山台5丁、原山台5丁北停留所を新設する。
- 2012/10/29:35-2系統を新設する。深夜バス(35-1系統)の運行を開始する。
- 2013/10/26ごろ:35-3系統を新設する。
- 2020/4/1:深夜バス(236C系統)を廃止する。
泉北栂地区線 駅南側 御池台
系統一覧
- 232系統:(泉ヶ丘駅)→栂・美木多駅→<御池台右回り:御池台2丁→御池台3丁>→栂・美木多駅
- 泉ヶ丘駅始発は旧系統番号では32-2系統。
- 232L(32-2)系統:(泉ヶ丘駅)→栂・美木多駅→<御池台右回り>→栂・美木多駅→泉ヶ丘駅
- 232C(32-1)系統:栂・美木多駅→御池台2丁→御池台3丁
沿革
- 1979/4/1:栂・美木多駅~御池台回り系統の運行を開始する(南海人 1979年5月号)。
- 1979年時点では、栂・美木多駅~御池台回りの1つの系統のみが運行されていた。
- 1985年時点では、栂・美木多駅~御池台回り、栂・美木多駅~御池台三丁止め、御池台二丁始発~栂・美木多駅の3つの系統が運行されていた。
- 1992/4/1:御池台4丁を新設する(泉北コミュニティ1992/4/2)。
- 32-1系統は、2013年ごろまで路線図に掲載されていなかった。
- 2012/10/29:32-2系統を新設する。深夜バスの運行を開始する(32-1系統と同ルート)。
- 2020/4/1:深夜バスを廃止する。
金剛団地線
系統一覧
- 現存系統
- 260系統:金剛駅前〜寺池台・高辺台回り
- 過去の系統
- 55系統:金剛駅前〜寺池台回り
- 56系統:金剛駅前〜南回り
- 54系統右回り:金剛駅前〜<北回り:久野喜台小学校前→高辺台小学校前→公園前→高辺台3丁目→久野喜台2丁目>
- 54系統左回り:金剛駅前〜<北回り:久野喜台2丁目→高辺台3丁目→公園前→高辺台小学校前→久野喜台小学校前>
沿革
- 1969/5/15:金剛団地線久野喜台系統2.7km, 寺地台(原文ママ)系統2.5km(創造と前進の10年 P61)の運行を開始する(南海電気鉄道百年史年表)。
- 1971/1/11発行の住宅地図では、高辺台回り(南回り)、久野喜台回り(北回り)と思われる経路のみが記されており、寺池台回りの記載がない。
- 1975/10/19
- 南海ニュース 第35号には、金剛団地線を南北両回りに分割すると書かれている。
- 南海人 1975年11月号には、南回り、寺池台回りを新南回りに統合と書かれている。
- 1976/11/10発行の住宅地図では、寺池台回りと思われる経路が記されている。
- 1977/7:この時点での経路は以下の通り(サンケイリビング新泉北 1977/7/23)。1979年時点と同様と思われる。
- 北(左・右)回り:金剛駅前~高辺台3丁~公園前~久野喜台小学校前~金剛駅前
- 南回り:金剛駅前~久野喜台2丁~高辺台2丁~寺池台1丁~金剛駅前
- 寺池台回り:金剛駅前~寺池台小学校前~寺池台4丁~久野喜台2丁~金剛駅前
- 1979年時点では、寺池台回り、高辺台回り(南回り)、久野喜台回り(北回り)の3つの系統が運行されていた。
- 1985,1989年時点では、金剛駅前〜寺池台回り、金剛駅前〜南回り、金剛駅前〜北回りの3つの系統が運行されていた。
- 1989/3/31:津々山・小金台回りの運行開始に伴い、北回りを廃止(金剛さやまコミュニティ 1989/4/13)。こののち、北回りは教祖祭PL花火芸術の開催日のみ運行されるようになる。
- 1998/9/1:寺池台回り、南回りを統合し、寺池・高辺台回りとする(金剛さやまコミュニティ 1998/8/27)。
- 2020年以降:教祖祭PL花火芸術が行われなくなったことから、北回りの運行も行われなくなる。
金剛東団地線
系統一覧
- 現存系統
- 257系統:金剛駅前〜公園前〜<向陽台・藤沢台左回り>
- 258系統:金剛駅前〜高辺台小学校前〜<津々山台・小金台左回り>
- 258C(58-3)系統:金剛駅前→高辺台小学校前→<津々山台・小金台左回り小金台二丁目東止め>
- 259(58-1)系統:金剛駅前〜公園前〜<津々山台・小金台左回り>
- 過去の系統
- 金剛駅前〜公園前〜<向陽台・藤沢台左回り金剛高校前止め>
- 金剛駅前→寺ヶ池→高辺台2丁目→公園前→津々山台1丁目→小金台2丁目東
沿革
同地域を走る近鉄バス金剛東団地線についても概要を記載する(細かい変更は省略)。
- 1980/4/7:近畿日本鉄道(現:近鉄バス)が富田林駅~金剛東団地(向陽台・藤沢台左回り)の運行を開始する。当時は大阪外環状線を経由し、南東側から向陽台に入るルートであった(泉北コミュニティ 金剛・狭山版 1980/4/25)。
- 1981年(出典では「このほど」とのみ記載):PL・五軒家線(現・府道35号~向陽台5丁目)が開通する(泉北コミュニティ 金剛・狭山版 1981/6/25)。現在の近鉄バス金剛東団地線は大阪外環状線ではなくこの道路を通る。
- 1984/4/28:南海電気鉄道(現:南海バス)が金剛駅前~金剛東団地(向陽台・藤沢台左回り)の運行を開始する。狭山町(現:大阪狭山市)が、金剛駅前は飽和状態で危険であるとして乗り入れに反対したため、富田林市内の児童公園(住友銀行東側)をのりばとしていた(おりばはロータリー内)(金剛さやまコミュニティ 1984/4/6・1984/4/27)。
- 1985,1988年時点では、金剛駅前〜向陽藤沢回りのみが運行されていた。
- 1989/3/31:南海電気鉄道(金剛駅前発着)、近畿日本鉄道(富田林駅発着)が同時に津々山・小金台回りの運行を開始する(金剛さやまコミュニティ 1989/4/13)。
- 1999/4:津々山・小金台回りを平日・土曜の7~9時のみ公園前経由とする(金剛さやまコミュニティ 1999/3/25)。
- 2003/6/2:深夜バス(57系統)の運行を開始する。
- 2012/10/29:深夜バスとして寺池・高辺台経由津々山・小金台回り小金台2丁目東止めの運行を開始する。このころ、深夜バス(57系統)を、深夜バス(向陽台・藤沢台左回り金剛高校前止め)に置き換える。
- 2014/4/1:58-3系統を新設する。
- 2016/6/1:近鉄バスが富田林駅前~津々山・小金台系統を廃止する(https://web.archive.org/web/20160918115549/https://www.kintetsu-bus.co.jp/news/detail.php?no=20160426141550)。
- 2020/4/1:深夜バスを廃止する。
【廃止】大野線→狭山ニュータウン線 大野系統、金剛くみの木線
系統一覧
- 大野線:金剛駅前~大野
- 道路地図(1977)によると草沢交差点から西へ向かい、堺市との市境すぐ手前が終点だった。停留所は草沢~大野口~(河内長野市通過)~中脇~西脇~大野(市境近くの十字路)。
- 狭山ニュータウン線:金剛駅前~狭山ニュータウン~中脇~大野
- 1977/7/1時点での経路(サンケイリビング新泉北 1977/7/23)。
- 金剛くみの木線59系統:金剛駅前~大野東
- 大野線より短く、河内長野市自由ケ丘に終点があった。 停留所は草沢~くみの木八丁目~大野東
- 系統番号の出典:https://x.com/Hikari_71/status/1906476019328135448
沿革
- 1969/5/15:大野線を営業開始(親和 1969年6月号、創造と前進の10年 P61)。
- 1977/12/15:金剛駅前~狭山ニュータウン系統が大野台を経由する循環系統になったことから、金剛駅前~大野系統を廃止する(南海人 1978年1月号)。
- 1989年時点で、金剛くみの木線が金剛駅前から4本運行されている。
- 1999年4月1日:金剛くみの木線を廃止(赤字バス路線を区間休止、統合へ 南海電鉄/大阪 朝日新聞 1999/4/30)。
